・事あるごとに飼っているペットが判断を変えさせてくれることがある。
いいこともわるいことも
はじめていい大人になってからまじめに、水槽を置いて、魚を飼ってみた。
その時、最初の判断が変わったことから、考えだした。
決断などが変わることがある。
不思議なもので、それで1つ健康問題が解決した。そして、もう1つ、長年かかえていた不健康が治すきっかけとなった。
次に、また、判断を迫られるような場面において、
今度は、また、魚だった。
魚が病気でかなり看病をようするかんじで、普通はそんなことはないのが魚だが、耐久力のある魚は、2週間くらい毎日水換えをしたりする。
そのときも、何か、今やっていることが間違っているから、変えたほうがいいんじゃないかと訴えかけてきたのか、自分自身がこれじゃないとおもったのか、判断をかえたきっかけになった。
その後、小動物を飼っていた。
ある日、調子を崩してしまい、ほんとうに、もうだめだと思った。それくらい、重篤な感じだった。それが原因が、そうもはっきりとせずに、ストレスだったということで、やはり、それはそのときの自分がストレスの大きいことをやっていて、それをやり続けることは良くないと言う気がした。それで変えて、実に判断が正しかった。
さらに、こりもせず、間違った判断をしたときには、やはり、やめときゃよかったという感じで、いまおもえば、なんでそんなことを?と思ったが、たしかに、そこで、その後の道を教えてくれるような気がした。はたから見ればほんとうに無駄だったかもしれないが、そもそも、そんなことをするのを探すのにばかみたいに時間をかけていて、それがやっぱり無駄だった。
その後、さらに、調子が悪くなったことがあって、定期的に病院へ通うことになり、健康に影響はないのだが、とりあえず、行かないといけないということになった。それでだいぶ行動が制限されたが、それができる環境でやるのがいいことなんだということなのだろう。
だから、何度も、今の道を教えられているわけで、それで、その道を進めということがわからなければだめだ。
おそらく、その道を進むことが結果的に良い方向になるのだろう、きっと、うまくいくことになるのだろうか?想像もできないが。。。しかし、自分自身がうまくいく可能性を感じているが、具体化できていない、そういう状態なのだろう。